【予備知識】通訳には二種類ある。
・逐次通訳:「話者が話に区切りを入れて話し、通訳者がそこまでの内容を訳す」を繰り返す。多くの人が通訳を想像した時に思い浮かぶのはこのスタイル。
・同時通訳: その名の通り、通訳者は話者の話を聞きながら同時に訳す。だから話者と通訳者が同時に話をしている状態に。
国際会議の映像で同時通訳の様子を見たことがある人もいるだろう。基本的に同時通訳では、ブース (小部屋) が用意され、通訳者はヘッドホンから話者の声を聞き、手元のマイクを使って通訳を会場に流す。15分ごとに別の通訳者に交代するほど、かなりの集中力を使う作業。同時通訳には、ウィスパリングという種類もある。通訳者はヘッドホンをつけずに直接話者の話を聞いて、聞き手の耳元で小声で通訳をする。(少人数が相手の場面でよく用いられる。)
【疑問】
大きな会議ではよく同時通訳を見かけるのに、なぜテレビ番組や日常生活では用いられないのか?
今年の夏の日本帰国では、同時通訳を日常生活で行ってみた。(*仕事ではなく完全プライベート!) 今日は、そのメリットとデメリットについて。
【同時通訳をした場所と内容】
言語: 日本語⇄スペイン語
・(犬島) 精錬所美術館: 日本近代史と建築
・(犬島) 家プロジェクト: 現代建築
・(直島) とあるリゾート施設: ビジネス
・(倉敷) 写真展: プロジェクトと写真全般
・(善通寺) 善通寺と五重の塔の歴史
・(琴平) ホテル: 街の歴史と飲食店情報
・カメラ屋さん: 古いフィルムカメラ
・税関: 免税
・レストランや居酒屋
・友達との会話: 音楽とギター
・家族との会話
・町ゆく人との会話 など
(香川県の善通寺で五重の塔の歴史を説明する祖父とダヴィデ)
【話者の性格と同時通訳】
私は何の問題もなく、スムーズに通訳が行えると思っていた。しかし、実際にやってみると、通訳者側ではなく話者側に問題が生じることがあった。岡山県の犬島にある美術館での様子を例にあげる。
この美術館の中には、鏡と映像を利用した作品がいくつかあり、お客さんは順番に小さな部屋に入ったり、ガラスの反射が続く長〜い廊下を歩いたりする。各所で、家族ごと、カップルごと、友達数人グループごと説明を受ける。
どの学芸員さんもダヴィデを見て「すみません…英語がちょっと…」と苦笑い。『全然大丈夫ですよ、日本語で。訳すので!』と答えると、お姉さんは美術館が作られた経緯、近代産業、芸術、現代建築に関する説明をし始めた。
1人目: 全ての説明を3分ほど聞いたのち、歩きながらスペイン語で解説をした。予想をはるかに上回るダヴィデの食いつき。とても興味がある反応をされると、3分であれ、待たせる時間が勿体無い。
早くこの作品の解説が聞きたい!
でも日本語が分からない。
だから全く分からない言語をじっと聞いて待つ。
2人目: 説明の中に3名の建築家の名前や作風、関連美術館が含まれていたこともあり、いっぺんに覚えれないので逐次通訳。40秒に一度くらいのペースで通訳を挟んだ。訳すたびに、続きを楽しみにしている目を見ると、日本語の話の一区切りが異様に長く感じた。
だから…
3人目: 同時通訳。お姉さんには『同時に訳すので説明を続けてください』と言い、ワンテンポずらして通訳を開始。すると15秒くらいでお姉さんの説明が止まった。気を遣って通訳を待ってくれようとしていたらしいが、同時だったので私も止まった。その時、2つのことが頭をよぎった。
① そりゃあ、話し続けてくださいと言われても、つい待ってしまうだろうな。誰かが話しているのに気にせず被して話すのは難しいもんな。「相手の声を聞きながら自分も話す」という状況は同じでも『外国人を見ながら聞いた言語と異なる言語で説明』と『未知の言語を話す日本人を前に日本語で説明』では心理状態が違う。
② このお姉さんは結構内気なタイプだから同時通訳が上手く行きにくい?
いずれにせよ話しにくそうだったので、ダヴィデに「ちょっと全部聞いてから説明するわ!」と言い、通訳をストップした。
最後の学芸員さん、
4人目: たどり着くまでの私たちの会話を聞いて「すごい!何語ですか?」と声をかけてくれるタイプだったから同時通訳がしやすそうだと感じた。思った通りスムーズだった。ダヴィデが建築に関する質問をいくつかすると、待ってましたと言わんばかりに、嬉しそうに熱く語り始めるお姉さん。興味津々に、次の質問を投げかけるダヴィデ。そのやりとりがこの日1番の自然な速さと感情移入が出来た同時通訳だった。通訳者がいても話者二名が、聞くこと・答えることに集中していたからかもしれない。
美術館のあとにも二箇所で似たようなことをした。とあるリゾート施設の社長さんと部下のお二方は、かなり明るい外向的なタイプで、同時通訳と言うことを忘れるほどハイテンポな楽しい会話をすることが出来た。この日の経験から、話者の性格と集中度合いによって「同時通訳のスムーズ度」が大きく変わるということが分かった。
【話者の声を生かすか】
映画に例えるなら、
同時通訳=吹き替え版
逐次通訳=字幕付きのオリジナル
解説や説明の通訳では「内容」と「スピード」に重点が行く。だから話者の声 (日本語) に被せて私がスペイン語を話す方が良い。一方で、外国人の生の言語を聞かせたい場面もある。親しい間柄だと特に。
話者の言語が理解出来ないにせよ、聞き手はその人の喋り方、声のトーン、表情から「人間的な部分 (人柄)」を十分感じ取ることが出来る。だからあえて友人や家族との会話では逐次通訳と同時通訳を入り混ぜていた。通訳はあくまでも通訳者の口から出るコトバ。
【淡々とこなせる場: 空港】
帰国の日の税関での通訳。購入店で従業員さんが上手く手続きを完了出来ていなかったらしい。私は既に出国審査を通過してゲートの外で待っていたが、通訳がどうしても必要とのことで例外的に中に戻り、税関スタッフとダヴィデの間に入った。飛行機の出発まで40分を切り、時間に余裕がなかったため少しピリピリな雰囲気の中、同時通訳。非常にやりやすかった。やっぱりこういう自分の感情移入が全く必要のないオフィシャルな場では、淡々とこなせる。
【日常で同時通訳メリット】
何と言っても共通言語のない「日本人」と「外国人」が言語の壁を忘れて素で、テンポ良く会話が出来ることが最大のメリット。通訳者側は、覚えたりメモを取ったりしなくて良いから楽。
【日常で同時通訳デメリット】
通訳には「訳す内容に自分の意見をいれてはいけない」という大原則がある。そのため、自分の感想や一言を言うタイミングが難しい。(同時通訳するとその場にいる人数が、話者ー自分ー聞き手 ➡︎ 3 ではなく、話者 (自分)ー聞き手 (自分) ➡︎ 2 になってしまうため。) 会議や空港などでは「機械」のように翻訳出来るし、自分もその会話に入りたいと思わないが、友人・家族間だと、つい自分も喋りたくなる。
【結果】
日常生活では逐次通訳と同時通訳を混ぜた方が良い!サッと切り替えられる臨機応変さが大事!
おすすめ記事: