BARCELONANDO :)

1995年香川生まれ岡山育ち。現在ヨーロッパ生活10年目。スペインとイタリアの大学生活・旅行・言語学 (5ヶ国語)・哲学・バルセロナおすすめ情報など、幅広いジャンルの記事を執筆中。

【バルセロナ大学放課後】言語哲学専攻メンバーは普段どんな雑談をする?

【最近ショックを受けた話】
先日書いた記事【心理学と哲学の違い】バルセロナ大学哲学部生が分かりやすく説明してみた は、自分の中でこの上ないほどシンプルかつ超簡単にまとめたつもりで、結構自信があったのに、「難しすぎる」との声が相次いだ。(しかし、奇跡的に弟は理解できた。) 哲学という学問がいかに日本人から遠い場所にあるかを痛感し、いつか再チャレンジしようと思った。

…そんなある日、大学の授業が脱線した。話が本題から逸れて盛り上がっている時、ふとクラスメイトたちの凄さに気づいた。

『大学へ行く意味』はここにある。

言語哲学専攻メンバーの授業は、どの方向に話が脱線するのか。休み時間も話し込んでしまうほど楽しい雑談とは?

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【ある日の脱線テーマ】
「過去と未来はそれぞれどの方向にある?」この質問の答えは、母語によってパターン化されるという実験がある、教授が論文の紹介をした。

① 過去: 左、未来: 右
② 過去: 後ろ、未来: 前
③ 過去: 前、未来: 後ろ

スペイン人もイタリア人も、②である。過去の話をしながら「ずっと昔のことなんだけどね」と、手を後ろにやる。

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中には③のように、真逆の回答をする国もある。

③ 過去: 前、未来: 後ろ

この被験者に「過去が前」は変じゃない?と聞くと、返ってくる答えは…

過去は見えるものだから目の前に。未来は見えないから自分の後ろに。

分からなくもないが、私にとっては違和感がある。教授から「KAEDEは?日本人はどうなの?」と聞かれた。

考えたこともなかった質問に答えるのは容易ではない。ましてや、私が口にする内容が『日本人の例』としてみんなの知識になってしまう。

日本を離れて7年。スペインとイタリアの文化が自分の中に入ってしまっている。もう『純日本人脳』ではなくなっている。…頭を一旦リセットし、真っ白な状態で直観的に自問した。

過去の方向を指差すなら?

未来の方向はどっち?

答えは「過去は左で未来は右」だった。

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「へー私たちと違うんだ!面白いね!」で終わらないのが哲学部。『なぜ違いが生じるのか?』『この違いが思考に何か影響を及ぼしているのか?』という点に着目する。

スペイン語も日本語も英語も時間を表す時に『空間』を使う。

これが脱線や雑談の鍵となった。

時間と感情。空間と思考。

日本語には次のような表現がある。
・右から左へ聞き流す
・右も左も分からない

上下でも、東西南北でもなく、右と左。

英語やスペイン語で「右から左へ聞き流す」は、「ひとつの耳から入ってもう片方の耳へ抜けて行く」と言う。具体的な身体の部位から脳裏にイメージを抱くパターン。

ある民族は、右や左ではなく、東西南北を使うようだ。

異なる言語を話す人の「思考」が同じなはずはない。…ここからは、言語的相対論の範囲になる。

言語が違えば見ている世界も違うはず。
言語によって認識力や思考力に差が出るはず。

そして次は、ラテンアメリカ人の話すスペイン語とスペイン人が話すスペイン語が違うことにテーマが移る。

「今日〇〇を食べた」

スペイン: "Hoy he comido 〇〇." (現在完了形)
ラテンアメリカ: "Hoy comí 〇〇." (点過去)

例えば、アルゼンチンで、

"Hoy he cantado."
(私は今日歌った。)

今日の出来事を話す際に現在完了形を使うと、ネイティブ (聞き手) は『上品な』『フォーマルな』印象を受ける。スペイン人からすれば『普通』なのに。なぜか。

クラスメイトと頭を使うだけでリアルタイムで問題を解決できるのが非常に面白い。彼らは日本語に対する哲学的な疑問や、外国人から見たスペイン語を、ネットや本で調べる必要がない。私もスペイン語の素朴な言語学的疑問や、西洋の思想を目の前の数人に聞き、その場で生きた知識をつけることができる。

なんとも良い関係。

「日本人にとっての過去と未来はどの方向なの?」と聞かれた時のように、私はスペイン人たちに聞く。『パッと直観的に答えて欲しいのが、"Hoy comí" と "Hoy he comido" の印象的な違い。深く教えてほしい。』

その答えを踏まえ、次は、

どこまでが言語でどこからが文化なんだろう?

という地点にたどり着く。

このような脱線と雑談が私たちにとっては最高に楽しい。スペイン人は間を作ることなく、すぐに答えてくれる。そこも好き。他の学部の子たちは、どのような内容に盛り上がっているのだろう?

自らの専門分野が大好きで、勉強を心から楽しめる知的なメンバーが集まるのがバルセロナ大学。

 

【最近マズかった話】
日本語は言語学的に注目度の高い言語であるがゆえ、授業中たまに「日本語」というワードが出る。

認知言語学の時間に、「日本の掛け算は注目すべき重要な…」と教授が語り出し、問題提起を行った。

(…?日本の掛け算の方法?ににんがし、ごろくさんじゅう…の、アレのこと?)

私が疑問に思っていると、教室のスクリーンに下のような問題提起と例が映し出された。初めて見る図と、よく分からない計算方法。どうやらこれは日本式掛け算らしかった。

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『絶対違う』と思いながらも、そんな一言が言い出せないほど教授は感心しており、生徒たちもどんどん惹かれている。

(私が知らないだけということはないだろう。こんなの見たことない。これ、どこの国の何?)

パソコンで調べると、古代インド式掛け算のようだった。一番上に出てきた人のブログには、アメリカでは「日本の子供はこうやって掛け算を計算している」と紹介されていると綴られていた。私の教授も同じく、何かを読んで勘違いをしたのだろう。

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これがまさに翻訳された本の怖さ。翻訳者さんの解釈が間違っていたのか、はたまた著者の情報が確かではなかったのか分からないが…。 

 

【今月読んで面白かった本や論文】
心の哲学分野:

著者: Humboldt (フンボルト)
"Sobre la diversidad de la estructura del lenguaje humano" (人間の言語の構造の多様性について)

著者: Carnap (カルナップ)
"Empiricism, Semantics and Ontology" (経験論、意味論、存在論)

著者: Suárez (スアレス)
"La relatividad lingüística clásica y sus avatares actuales" (古典言語的相対論と具体化された内容)

著者: L. Boroditsky (レラ・ボロディツキー)
"Do English and Mandarin speakers think about time differently?" (英語話者と中国語話者 (マンダリン話者) は異なる方法で時間を考えるのか?)

著者: B. Whorf (ウォーフ)
"The Relation of Habitual Thought and Behavior to Language" (習慣的思考と言語行動の関係)

上のボロディツキーという若い女性については、この論文を読む前から知っていた。以前、TEDで見て面白かったビデオの語り手だった。日本語の字幕もあるからぜひ。

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哲学的問題分野:

著者: Platon (プラトン)
"Fedro" (パイドロス)

著者: W. James (ジェームズ)
"The Will to Believe" (信じる意志)

著者: Kant (カント)
"Dreams of a Spirit-Seer" (視霊者の夢)

科学分野:

著者: Galeno (ガレノス)
"Que el mejor médico es también filósofo" (最良の医者はまた哲学者でもあること)

著者: Lindberg (リンドバーグ)
"Los inicios de la ciencia occidental" (西洋科学の始まり)

著者: G. Galileo (ガリレオガリレイ)
"El Sidereus Nuncius" (星界の報告)

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