BARCELONANDO :)

1995年生まれ。ヨーロッパ生活5年目。バルセロナ・イタリア・ヨーロッパ・言語学・哲学に関する記事。

【スペインとイタリア】宗教がより日常に浸透しているのは?

案外、日本人は自分が何の宗教かハッキリと認識していない。(…神道かな?仏教か?どっちも?…でも結婚式は教会でもするなあ…)

キリスト教徒が国民の過半数を占める国で「よくわからない」と回答するとお祈りのために教会を訪れたり、宗教的な行事に参加したりしない『無神論者』と思われる。しかし日本は違う。「よくわからない」と言いつつも、1月1日には神社へ初詣に、子供が生まれるとお食い初め・お宮参り・七五三、家を建てる前は地鎮祭、誰かが亡くなればお葬式・四十九日の法要…など神道や仏教に関係がある沢山の風習を当たり前に行う。そしてキリスト教徒ではないのに結婚式を教会で挙げたがる人が多いかと思えば、国民のほぼ全員がクリスマスを祝う。このような「多様性」が生まれた背景には、

・『神』の存在が「1」と定まっていない
・神道も仏教も他教を否定しない
・1つの絶対的宗教は存在しない

という独特の教えが根付いている。
様々な神と、考えが、共存できる国。

宗教心をしっかりもっていると言われるキリスト教やイスラム教の国では宗教間の争いが絶えない。そうすると「社会の治安、秩序が保てなくなる → さらに宗教への関心が高まる」サイクルが生まれるのだが、日本は昔から争いは少ない。だからきっと他の国ほど宗教の必要性が低かったのであろう。

一方で、日本では他人との会話で宗教について触れるのが少しタブーな感じがする。政治の政党を聞くのと同じように…。しかし、スペインやイタリアでは普通に宗教の話をする。大学の宗教学の授業では尚更そんなテーマについて語り合うことが多い。そこで今日は、スペインとイタリアに住み始めて5年目の大学生が感じる日常に浸透している宗教」 について。

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「スペインとイタリアで宗教をより感じる国は?」と質問されると、私は「どちらかといえばイタリアだろう」と答える。普段そんなことを意識しながら生活してないが、思い返せばイタリア人の方が宗教の話になるときちんと説明して教えてくれるし、↓ が頭をよぎった。

- 宗教の話題になった時の学生の食いつき加減
→ イタリア人の方が食いつく
- 十字架のアクセサリーを身につけている割合
→ イタリア人の方が高い
- 車に貼ってるキリスト教のシール・お札
→ イタリアでは道に止まってる車の後ろのガラスにキリストのシールをはっていたり、運転席のミラーのところに木で出来た十字架のお守りをぶらさげていたりするのを見かける。バルセロナでは車をよく見る機会が少なかったから比較にならない
- 財布にお守りをいれてる人の数
→ スペイン人でいれてる友達に出会ったことない、イタリアはある (20代〜30代の男子)
- 大学以前の学校で行われる宗教の授業
→ イタリアは小〜中学校までは宗教の授業を受けるかどうかの選択は保護者がする。授業内容はキリスト教と、世界に存在する宗教について。傾向的にイスラム教徒の子供は授業を受けないことが多いらしい。高校は学校の種類によって、宗教の学習が義務であったりなかったり。スペインでも小・中と宗教のクラスがあり、高校では選択科目。
- ミサ・教会に行った時の年齢層
→ スペインもイタリアも若者は滅多に見かけない (観光客を除く)
- くしゃみをした時にかける言葉
→ 英語ではくしゃみをした人に "(God) bless you" と言ってあげる。『神のご加護がありますように』という意味だ。スペインでは同様に "¡Jesús! (ヘスース=キリスト様)" とか、"¡Salud! (サルーッ=健康に)"と言う。が、イタリアではまだ "Salute (サルーテ=健康)!" しか聞いたことがない
- 神頼みする時・嫌なことが起きた時
→ ありえないー!って時にイタリア人が言う「マンマ・ミーア」は日本でも馴染みがある言葉で直訳すると "私の母"。たまに「もう〜〜最悪〜!」って場面で「ジェスー!(Gesù: キリスト様)」とも言ってるのも聞く。しかしスペインでは「ヘスース (キリスト様)」と聞く回数はイタリアより少ない気がする。

このような日常から「国に潜在する宗教」を分析できそうだが、それはどこか偏りがあるようにも思える。

ではどこに各国の思想が濃く現れるのか。

政治、国民性、服装、食習慣、歴史的建造物…
言葉遣い、文法、新聞、ニュース…

とたくさんの着目点がある中、私が特に注目したのは、みんなの「名前」

「名前」は親が何教でも、子供に送る最初のプレゼントであり、何らかの願いを込めてつけるもの。そこからその国の宗教的特徴が中立的に見いだせるのではないか…、ふと授業中に思った。

【日本人の名前】
よく名前に入ってる漢字は全て「自然」に関係している: 花、光、陽、葉、咲、桜、楓、海、菜、翔、音、生、春、悠、静…これに関しては特に「神道」の内在を感じる。やっぱり自然を尊重し、大切に思っている。

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では、スペインとイタリアではどうか。
代表的な名前を見ていくと、

【スペイン人の名前】
María → キリストの母のマリア様
  Eva → ヘブライ語で「生の源」、エバ
  Sofía → ギリシア語で「知識」
  Merce → ラテン語で「自由人」
  Lucía → ラテン語「最初の光と生まれた」

Jesús → 「イエス・キリスト」
  Daniel → ヘブライ語「神は私のキリスト」
  Alejandro → ギリシア語で「守護・防御」
  Álvaro → 「真実を言う者」
  Javier → バスク語で「新しい家」
  Juan → ヘブライ語で「神は神秘的だ」

【イタリア人の名前】
 Francesca → ドイツ語「自由」
  Giuseppina →「神が増える」
  Maria → 聖母マリア様
  Angela → 天使
  Teresa (Santa Teresa) →「狩猟の女神」
  Eva → ヘブライ語で「生の源」、エバ
  Antonella → 高貴な名前

 Francesco → ドイツ語「自由な人間」
  Giuseppe → 「神の子」
  Luca → ギリシア語「光」
  Angelo → 天使
  Adamo → アダムとエバのアダム
  Antonio → 高貴な名前

「宗教的な名前」は赤色にしてみた。イタリアは男女ともに、よくつけられている名前は全て赤字で、大体が santo (聖人) の名前からきている。反対に、スペイン人に多い名前はもとがギリシア語・ラテン語・ヘブライ語。興味深いのが、スペイン人、スペイン語圏では男性に Jesús (ヘスース: イエス・キリスト) と言う名前をつける点。これをイタリア人が聞くと『うそだろ?』『え、本当?』という反応をする。イタリアでは「あのキリスト様と同じ名前を人につけるなんて」と思うらしい…。 

 

データから見るとスペインとイタリアのキリスト教徒の割合はほぼ同じ。

【2018年最新データ: スペインの宗教】
伝統的なカトリック (キリスト教) は2018年もダントツの1位で、2018年1月にスペインの社会科学研究センター (Centro de Investigaciones Sociológicas) が行った調査によると、スペイン国民の66.9%が「カトリック教徒」であると回答。続いて28.5%が不可知論者 (神がいるかいないかわからない) もしくは無神論者であった。2014年に18〜24歳の若者を対象に行った宗教の調査では48.4%が「自分はカトリック教徒」と、残りの47.1%「無神論者・宗教について考えたことがない」と回答。 

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【2018年最新データ: イタリアの宗教】
2006年にコッリエーレ・デッラ・セーラという新聞会社が行った調査では国民の89.8%がカトリック教と回答したにも関わらず、今年2018年には66.97%までその割合が下がっている。イタリアもスペインと同様『キリスト教か無神論者か』に分かれる。Eurispes というイタリアの政府団体が、毎週日曜にミサに行ってるイタリア国民の割合を調べたところ全体の30.8%だったという。18〜24歳は30.8%、24〜34歳は22.4%、34〜44歳は28.5%という結果に。18〜24歳は大多数が祖父母と行っているらしい。

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以上のデータからわかるように、スペインやイタリアでは「若者の宗教に対する興味」が懸念されている。

【日本の宗教に対するイメージ
スペイン人もイタリア人も『日本=仏教』と考えてる人が多い。あれ?日本ってキリスト教じゃないの?と言う人もぽろぽろいる。ヨーロッパで『神道』という言葉を知ってる人は100%、日本が好き・日本史を学んだ・宗教に興味がある人。

日本の神道・仏教は好きなテーマの1つで話すと長くなる+今日のお題からそれるのでここでは割愛。最近読んだ一冊の本を紹介して終わる。『日本人に「宗教」は要らない』という本は ↓ ネルケ無方 (ドイツ生まれの曹洞宗の僧侶の方) の著書で、日本の宗教観に対する見解が主観的にも客観的にも書かれていてとても面白かった。

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彼はどちらの宗教に対しても寛容で、中立的立場からそれぞれを分析し、どちらも褒めれる人。とても人間らしい。